70歳、26年続けた「声の仕事を失って。

負け知らずだった私が、今感じていること

2026年3月31日。 長年通い慣れた職場を、ひっそりと去りました。

26年間、私はずっとコールセンターの仕事に携わってきました。 職場の環境や扱う内容は変わっても、受話器越しに誰かと繋がり、言葉を交わす「声のお仕事」が大好きでした。

離職の理由は、官公庁関連の業務委託が「入札」で他社に決まったこと。会社が4月からの仕事を取れなかったのです。 1年更新の契約であることは重々承知していましたが、「あともう少しは続くのでは」という甘い期待もありました。

3月初め、不意に届いた一通のメール。 「3月一杯で業務は終了です」

その文字を見た時の、すとんと胸に穴が空いたような感覚。 「もう仕事をするのを辞めようかな?」という諦めと、「いやいや、まだ働けるはず」という執着の間で、私の心は今も振り子のように揺れ動いています。


かつての「負け知らず」だった私

実は14年前、60歳を目前にした時も、同じような状況がありました。 7年余り勤務したセンターが地方へ移転することになり、オペレーターは全員解雇。 当時はすぐにハローワークへ駆け込み、雇用保険を受けながら必死に就職活動をしました。

すると3ヶ月後、損保の自動車事故受付センターの仕事に出会い、面接を受けたら見事採用。 「私、なかなかやるじゃない」 自分への信頼が、確かな自信に変わった瞬間でした。

その後、仕事に慣れて楽しくなってきた矢先に右腕を骨折するというハプニングもありましたが、リハビリを兼ねて探した短期の仕事も、面接に行けばすぐに採用。 「はっきり言って、負け知らず」 そんな自負がありました。だから今回も、いくつか応募すれば何となく決まって、また元気に働ける。そう信じて疑わなかったのです。


「年齢不問」という名の見えない壁

ところが、現実は想像以上に冷ややかでした。 「年齢不問」と書かれた求人を中心に、コールセンターにこだわらず応募を続けていますが、ことごとく不採用。それどころか、受領の連絡すら来ないことも珍しくありません。

「会ってもらえたら、私の良さを分かってもらえるのに」

その思いも虚しく、面接という土俵にすら辿り着けない日々。 26年間積み上げてきた経験が、たった二桁の「70」という数字のフィルターを通した瞬間に、まるで見えないもののように扱われてしまう。

この気持ちを、一体どう表現すればいいのでしょう。 悲しいわけでも、悔しいわけでもない。 ただ、自分が社会の中から「透明人間」になってしまったような、出口のない困惑。


これから、私が見つける景色

「終活」という言葉が、現実味を帯びて頭をよぎる年齢になりました。 このまま静かに幕を引くべきなのか、それとも、この「声」を活かせる場所をまだ探すべきなのか。

これまでの26年間、受話器の向こう側の誰かのために注いできた情熱は、決して消えることはありません。 たとえ今は誰の目にも留まらなくても、私が積み上げてきた「負け知らず」の歴史は、私自身が一番よく知っています。

今は少し足を止めて、この「言葉にならない感情」をゆっくりと味わってみようと思います。 これもまた、私の人生の大切な1ページ。 次にどんなハンドルを切るか決めるのは、もう少し先でもいいのかもしれません。

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